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子育て vol.36『必死に…』

森の木幼稚園・くすの木学童塾  白水 奈々子 

 今年度も、くすの木幼稚園の副園長先生でいらっしゃる関恵子先生と共にお届けする、子育て回顧録。

私達ももちろん、悩める一母親であり、先の見えない悩みにどうしようもなく辛い思いをしてみたり、担任の先生から学校に呼び出しがかかったり、…経験しています。今でこそ我が子達は、社会人、大学生、高校生になりましたが、よく悩みを関先生にも聞いていただいていました。それぞれのご家庭で、それぞれの子育てがあり、子どもも全然違いますが、『悩みは尽きない』というのが共通点ではないでしょうか。

私も我が子に関しては、三者三様の悩みを経験してきました。先月号の『悩みの種から花は咲くのか』の中で、関先生は、食事に関して「必死に関わりました」と書かれてありました。そこで、私も我が子に「必死に」関わっていただろうかと、自問自答してみました…。

私の場合、長女の育児にいつも悩んでいました。思い返せば産む時も大変で、壮絶な出産エピソードを雑誌に投書して採用されたほどでした笑。初めての育児は、夜中もよく寝てくれて寝顔を見るのが幸せで…というのもつかの間、3ヶ月を過ぎた頃から人見知りが激しく、誰にも預けられない状態になっていました。そこから私と長女との長い闘いが始まります。私は、「必死に」関わっていたのだろうか…。いや、逃げることの方が多かったのではないか…。狭い家の中でも、私が側にいないと泣き叫ぶ毎日で、私はどうにかしてこの子から離れられる方法はないかと、そればかりを考えていました。あらゆる、【託児付き】の講座に参加してみたり、スイミングやサークルにも足を運んだりしました。しかし、かえって逆効果。泣き叫ぶ声ばかり大きくなり、私は「必死に関わる」というよりも、投げ出したかった。そして、自分の都合や感情で怒鳴ってしまっていました。怒鳴ったところで、泣き止むわけではなく、さらに泣き声は大きくなると分かっているのに…そんな悪循環。幼稚園に行く頃には、私の姿が見えないだけで泣くことはなくなりましたが、それでも毎日泣きながらの登園です。毎朝、「おかあさ~ん(叫!)」と。「おかあさん」なんて言葉聞きたくない!とまで思っていました…。その後も、長女の気持ちを優しく受け入れることができませんでした。当時の私は冷たくしかできず、本当に母親失格でした。友人からも「かわいそうやろ!」と、よく言われていました。もっと、母親らしく、演じてでも優しくしてあげればよかったのかもしれません。そんな愛情不足からか、派手に学校で泣いたり、逆に学校に行かないと泣いたり…中学生くらいまでありました。長女と二人でいるのは何となく辛い、という気さえしていました。高校生になってからも、三者面談では毎回、公開親子喧嘩という始末…。

そんな、親子関係の中、私が彼女に何を伝えていたのか、実はそんなに覚えていません。ただ、甘やかしたくなかった。それに固執していたように思います。だって、こんなに泣き虫で「おかあさん、おかあさん」って言うけど、いつまでも私は側にいられるわけではない。強く生きて欲しい。そう思う気持ちばかりだったような気がします。それがちょっと行き過ぎたところもあったのかもしれません…。

さて、現在の長女との関係は…。家を出たこと、そして私も彼女も大人になったこともあり、ごく普通の親子関係です。あんなに感情に任せて怒鳴り、時には叩いたこともあったけど親子であることに変わりはありません。やっぱりあの頃は、親の気持ちを「必死に」伝えたかったのかもしれません。ひどい母親だった私でも、今は頼りにしてくれています。嫌われるのが怖くて叱れないとか、子どもに気を遣う必要なんて、全くありません!親の必死さは、必ずいつか分かってくれます。今すぐではなくても。

 最近は、インスタで調べたカフェの写真を送り合っては「いつ行く~?」と会話するのが楽しみな今日この頃です。

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