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子育て Vol.60『母が遺してくれたモノ』

森の木幼稚園・くすの木学童塾  白水 奈々子 

 今回は、我が子へのザンゲではなく、母のことを少々書かせていただきます。

 私の母は昨年の夏に他界しました。日頃から自分の事より他人の事。もちろん自分の病院も後回し。いよいよ体調が悪くなり、やっと診察に行った時には、もう手の施しようがない状態でした。そこから一ヶ月余りで家族全員が見守る中、静かに息を引き取りました。もっと、娘の私が気にかけていたら…と後悔しています。

 そんな母が遺してくれたモノ、それは何と言っても…大量の作品達。ご存じの方もいらっしゃると思いますが、学園のシンボル犬『ギン』のデザイン画を描いたのが母です。中学校の美術の教師でした。教師の枠にとらわれない生き方をしていた母は、単身海外へ行き、戻って来てはキャンバスに向かう…ということもありました。早期退職後は、地域の高齢者対象に水墨画を教えていました。という訳で、とにかく作品が沢山。幼少期から見てきたモノや見たことのなかったモノなど沢山ありすぎて、本音を言えば、もうお腹いっぱいなくらい…笑。
 目に見えるモノとして沢山の遺品を残し、有難いことに天国に行ってからも多くの人に見てもらえていることは、本当に幸せだと思います。そんな、抱え切れないほどの作品を遺した母ですが、母娘関係はというと…これこそ懺悔したくなることばかりです。いくつになっても年甲斐もなく反抗娘でした。自分が母親になって少しは母の気持ちも分かるようになったのですが、とにかくアレコレうるさく言われるのが嫌だったからだと思います。母の気持ちをもっとわかってあげて、もっと母親孝行するべきでした…。

 母は、単身海外や被災地などに出向くような自立した女性でした。その姿を私も姉も見て育ち、自分で決めることや他人に迷惑をかけないこと、世話にならないことを背中で教えてくれていたように思います。また、とにかく感謝やお礼をすることは、口うるさく言われていました。他人の事ばかりを案じ、最期まで娘や孫やひ孫の心配をしながら、お医者様や看護師さんに手を合わせてお礼を言う毎日でした。そして、亡くなった後も「いつまでも落ち込まないで、自分のことをしなさい。私のことはいいから」と言われている気がしています。そう思えるので、前を向いて過ごせています。
 
 私も、もし自分が死んだら残った子ども達にはそう思って欲しいです。親子であれ、お互いを尊重できる関係。頼りにはして欲しいし、頼ることもあるけれどもたれかかり過ぎない関係。
 子供は、いずれ親離れしていくのが当たり前なのです。そう仕向け、自立させるのが親の役目。親にとって子供はいくつになっても可愛いものではありますが、いつまでもそばに置いておくわけにはいかないのです。自分が社会に出た時に、色々な方々に育ててもらったように、今度は自分の子供を社会のお役に立てるよう、送り出さなくては!
 子供が幼稚園の頃は、私も『自立』なんてほとんど考えたことはありませんでした。でも、成人して急に自立させようと思ってもできることではありません。二歳なら二歳なりの自立、年長なら年長なりの自立があります。それこそ、いつも言っている「できることはさせましょう」なのです。

 母が、もう一つ私に遺してくれた大切なモノは、「周りの人に感謝をしなさい。そして自分の人生を自分の足で歩んでいきなさい」という目に見えない部分だったように思えます。
私も、自分がいなくなってもいつまでも何も手に付かず悲しみに暮れるより、前を向いて歩いていって欲しい。きっとそれが、最期の願いになるんだと思います。

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